有史以来、人類は数え切れないほどの、暴力や、残虐行為、有害行動を、互いに及ぼしてきました。そして、それは、いまもなお続いています。人類はみな非難されてしかるべきでしょうか?全員が有罪でしょうか?それとも、こうした行動は、単に無意識の表現であり、人類がいま脱却しようとしている、「進化のステップ」の一つに過ぎないのでしょうか?イエスの言葉、「彼らを赦しなさい。彼らは自分のしていることがわからないのです」は、まさに、このことを表現しています。もしあなたが、自分を自由にするために、自分の価値を高めるために、あるいは自己重要感を高めるために、エゴ的なゴールを達成しようとしているなら、たとえ達成できたとしても、決して満足することはないでしょう。ゴールを定めたかったら、定めてもいいのです。ただ、それを達成するかどうかは、さほど重要ではないということに気づいてください。純粋な意識にもとづいて行動していないかぎり、「いま、この瞬間」を、「目的のための手段」にしてしまっているのです。純粋な意識にもとづいて行動しているかぎり、行動すること自体が、すべての瞬間に充実したものになります。あなたはもう「いま、この瞬間」を「目的のための手段」にしていません。「いま、この瞬間」を「目的のための手段」にするのは、典型的なエゴ意識です。「自己がなければ、問題もなし」。仏教の奥義を問われたマスターは、こう答えたそうです。常識で考えると、「いま、この瞬間」は、無数にある瞬間のなかの、たった一瞬にしか思えません。毎日は、さまざまな出来事が起こる瞬間の累積で成り立っているように思えます。スピリチュアルヒーリングを基に考えてみます。